子が重大な先天性障害をもって出生したときに、医師がその出生を回避できたはずとして、親が損害賠償を求める訴訟を、wrongful birth(望まない出生)訴訟といい、子ども自らが、自分は生まれてくるべきでなかったとして提起する訴訟を、wrongful life(望まない生命)訴訟といい、欧米では、以前からこうした裁判が起こされ、議論されてきました。アメリカでは、請求を認める裁判例もありますが、逆に、イギリスでは、これが否定され、フランスでは、「障害のある生」自体を損害と認める判決が出たことを契機に、立法でこれを覆すということがなされています。
日本では、胎児が重篤な疾患に罹患している可能性がある場合に中絶を認める、いわゆる「胎児条項」というものがありません。そのためこうした問題は、これまで表面化してきませんでした。しかし、出生前診断の臨床導入に伴い、このような事例が今後も問題となってくる可能性があり、人間の尊厳そのものに関わる問題で議論を呼びそうです。
親御さんの味わった苦労、苦悩は体験したものでなければ分からないでしょうし、他方でかけがいのないわが子を授かったという実感もあったに違いありません。訴訟は苦渋の決断であったと思います。ご両親の痛みとともに、亡くなったお子さんの生の尊厳も同時に図れる方法での解決がどのような形で可能なのか、裁判官も含めて関わる人々皆で知恵を絞っていただきたいと思います(N)。