2014年3月18日火曜日

独禁法改正-公正取引委員会の審判制度廃止で、どう変わる?

カルテルや入札談合、不公正な取引方法の禁止などで事業活動の不当な拘束が問題となるとき、独占禁止法は、公正取引委員会が排除命令を出したり課徴金の納付命令を出したりすることがあります。こうした命令に不服がある場合に公正取引委員会による審判手続きが、従来行われてきました。行政処分をした公正取引委員会が自らその行政処分の適否を判断することには、かねて公正さに欠けるのではないかという批判がありました。

昨年127日に成立した独占禁止法の改正法では、審判制度は廃止され、一般の行政処分と同様に第一審は地方裁判所に委ねられることになりました。また、独禁法という専門性の高い分野ということや公正取引委員会の行った排除措置命令等にかかる抗告訴訟であることから、東京地方裁判所の専属管轄とされました。3人ないし5人の裁判官の合議体によって審理されます。

さて、公正取引委員会による排除命令等の処分がなされるにあたって、その前にどのような手続きがなされるかですが、改正法では、排除措置命令の名宛人となる当事者から口頭で意見聴取をすることが原則とされており、事件毎に指定される手続管理官(公正取引委員会の職員)が意見聴取を行います。この時、当事者は代理人を選任することができます。ここでいう代理人は、弁護士、弁護士法人、または公正取引委員会の承認を得た適当な者に限ります。

意見聴取の初回期日には、当事者は意見を述べますが、手続審査官の許可を得て審査官に対して、質問することができますし、あるいは、陳述書と証拠を提出することにより意見聴取に替えることもできます。聴取した内容は報告書にまとめられ、また手続管理官による調書が作成されます。

改正法では、公正取引委員会が認定した事実を立証する証拠の閲覧及び謄写にかかる規定が設けられました。もっとも、第三者の利益を害する恐れがあるなど正当な理由があるときには、閲覧を拒否されることもあります。

今回の改正法は、公正取引委員会の処分前の手続きについて、証拠の閲覧や謄写の規定を整備するとともに、公正取引委員会の行った処分に対しては、直截に裁判所で争うことができるようになり、大きな変化があります。<池田桂子>

2014年3月12日水曜日

刑の一部執行猶予制度の新設について


刑事事件で裁判をうけた場合、判決では、実刑の場合と執行猶予の場合があります。

実刑は、実際に刑務所に服役するもので、執行猶予がつく場合は、服役せず、執行猶予期間中に再び他の犯罪を犯す等のことがなければ、刑の言渡が効力を失って、服役しなくてもよくなります。執行猶予の場合、判決で、たとえば「懲役2年、執行猶予4年」といった形で、刑の言渡がなされます。今までは、執行猶予は刑の全期間を通じるもので、その一部の執行猶予、たとえば1年は刑に服し、残り1年を執行猶予とするということはできなかったのですが、こうした一部執行猶予の法律が平成256月に成立し、3年以内に施行される予定です。

初犯ないし前刑の服役を終わって5年を経過した人等については、3年以下の刑の言渡しを受ける時にその刑の一部の執行猶予の判決を言い渡すことができます。実刑を受けて服役し、満期前に仮釈放により社会復帰する場合と比べて、一部執行猶予の方が、社会への復帰の意欲を促したり、早期の社会更生につながるという点で、望ましいと言えます。

また薬物犯罪については、累犯者についても、刑の一部の執行猶予を言い渡すことが出来、但し、このときは、保護観察をつけなくてはいけないことになっています。保護観察付の執行猶予の場合には、生活上守るべき条件をつけたり、保護観察官や保護司への定期的な面接を義務付けられます。また、今回、この守るべき条件の中に、社会貢献活動をすることを義務付けることが出来るようになりました。

刑務所における施設内処遇と社会内処遇を組み合わせ、弾力的に対応することが出来て再犯防止や改善更生に有用であるということが法改正の建前となっていますが、背景には、過剰収容の問題があります。徐々に緩和されているとはいえ、依然として、刑務所は慢性的な過剰収容の状態にあるといわれています。一部執行猶予により、その収容の回転率を良くしようという思惑も窺われ、建前通りには受け取られないところもあります。
 
報道によると、平成24年の検挙者のうち、再犯者の占める割合が過去最悪の45.3%と高くなっています。そのうち、薬物事犯はさらに高く、平成25年の警察庁による覚せい剤事犯の上半期の速報値で、再犯率は63.5%です。就職支援、薬物濫用の防止プログラム等、社会内処遇の充実も図らなければ、再犯率を逆にアップすることにもなりかねません。今後の運用・動向を見守って行く必要があります。(池田伸之)

2014年3月4日火曜日

誤嚥事故をめぐる裁判例の現状~その3~

前回までは、どういった具体的要素を考慮して、介護施設側に責任が認められるかについて整理を行いました。そこで今回は、責任が認められる場合に、どの程度の損害が賠償内容として認められるかについて、見ていきたいと思います。

3.なにが損害として認められるか、金額はどれくらいか
損害としては、死亡事故であるため、大きく「亡くなった本人の損害」と「遺族の損害」に分けて考えることになります。

以下、これらについて詳しく見ていきます。

⑴ 亡くなった本人について生じるもの
①逸失利益:死亡したことにより、得られなくなった利益の賠償
亡くなった方の収入(給料や年金など)がその内容となり、例えば年金の場合には、その平均余命分と算定されることになります。(年金が逸失利益検討の対象になるということについては、最高裁平成11年10月22日判決参照。)
但し、誤嚥事故の被害者本人は高齢者であるため、逸失利益そのものは、それほど大きな金額にはなりません。
また、得られるはずの利益がある一方、支出を免れるものもあるので、そうした点を控除することになります。前回(誤嚥事故をめぐる裁判例の現状~その2~)紹介した、京都地裁の裁判例においても、平均余命を全うしたとしても、本人に相当の介護が必要で、その状況も進行している事情のもとでは、得られる年金等も全て生活費、介護費や医療費等に費消されてしまうとして、逸失利益はないと判断しています。

②慰謝料:事故に遭った本人の精神的な苦痛に対する賠償
金額は、事案によって開きがあり、一般化することは難しいと言えますが、概ね1000万~2000万円とされることが多いように思われます。
上記京都地裁の事案では、本人の年齢も若い(50代)ものであって、2100万円という金額が認められています。
また、同じく前回紹介した水戸地裁の事例では、4か月間の植物状態を経たこと、相当の高齢(86歳)であったこと、既往歴などを考慮し、1500万円と認定されています。

③ 葬儀費用
相当と認められる範囲において認定がされています。実際にかかった金額全てが賠償されるわけではありません。

④ その他
入院などを経て死亡した場合には、かかった医療費や付添看護費といった項目も、相当な限りにおいて認定されています。
上記水戸地裁判決では、付添看護費として、日額5000円を認めています。(期間としては、134日分。)

⑵ 遺族について生じるもの
①慰謝料:事故によって肉親を失ったことに対する精神的苦痛の賠償
これも、金額について明確な基準はありませんが、100万~300万円程度に分布するのではないでしょうか。金額の算定にあたっては、亡くなった本人との関係性なども考慮されています。
上記京都地裁の裁判例では、配偶者について、事故まで献身的に難病の介護をしてきた点などを挙げ、300万円を認定しています。
また、さいたま地方裁判所平成23年2月4日判決(判例秘書搭載)では、おむつと尿取りパットを誤嚥した事例において、子どもの慰藉料を100万円と認定しています。

②弁護士費用
これについては、実際にかかった(弁護士に支払った)費用そのものではなく、上記の損害の合計額の10分の1程度と認定されることが多いように思われます。

⑶ これまで見てきたように、損害額については、事案によって認定される幅があるということになります。
賠償請求の中心は、過失や注意義務違反の立証になるということは、前回までにお話ししていますが、そこに現れる具体的な事情・事故の状況というものが、損害額の認定にも、一定の役割を持ってくるというわけです。
(上杉謙二郎)

2014年2月25日火曜日

誤嚥事故をめぐる裁判例の現状~その2~

前回は、誤嚥事故に関する裁判について、概要と過失の整理についてまで見ていきました。今回は、過失の各段階における具体的内容について、見ていきたいと思います。

2.過失として、どのような要素が考慮されるのか
(1)前回、Ⅰ)~Ⅳ)として過失の認定段階を挙げましたが、近時の裁判例にも沿って、それらの具体的な内容を整理していきます。
Ⅰ)食事前の段階の対応
・本人の特性の把握(嚥下障害があるか、過去に誤嚥歴があるか、認知症の程度など)
・食事方法の選択(口から食べることが適切か)
・食事内容の選択(食材、調理方法が適切か)
 が主たる争点となります。
Ⅱ)食事中(誤嚥発生まで)の段階の対応
・食事の介助の方法(量や速さなど)
・嚥下状態の確認(飲み込んでいるか、口の中に食物が残っていないか)
・確認・監視の体制(これは、Ⅳとも重なります。)
 が主たる争点となります。
Ⅲ)誤嚥発生後の段階の対応
・誤嚥であると予見すること(気づくこと)(誤嚥歴等の把握の有無を前提とする)
・救命措置の内容(職員レベルでの対応、119番通報など)
 が主たる争点となります。
 特に、救命措置の内容としては、タッピング法やハイムリッヒ法といった措置の実施や吸引器の使用が問題となることが多いと思われます。
Ⅳ)施設等の体制
・人員や設備の状態
・職員への教育
 といった点が争点となります。

(2)以上を前提に、近時の裁判例について見ていきます。
○京都地方裁判所平成25年4月25日判決(判例秘書搭載)【肯定】
・マシャド・ジョセフ病による嚥下障害のある方の事例。食事は、とろみ食。
・難病による嚥下障害のある方の場合には、食事中に食べ物を口にしない状況があれば、誤嚥による呼吸困難を疑うべきであった。
・食事開始後1時間経過しながら、3割程度しか食べられていなかった事態を異常なものとして認識していなかったのは、特段の注意を怠ったものというべき。
→施設職員の過失を認定(上記Ⅰ~Ⅲの段階(特にⅢ)の問題と言えます。)
○水戸地方裁判所平成23年6月16日判決(判例時報2122号109頁【肯定】
・パーキンソン病による嚥下機能の低下のある方の事例。食事は、常食(刺身)。
・施設入所以降、客観的な状態として嚥下機能の低下やムセが存在したことは明らかであった
・本人に常食の希望があっても、認知症の進行している状況では、十分な判断能力を有していたとは言えず、常食を提供するという決定をすべきでなかった。
→安全配慮義務違反と過失の両方を認定(上記Ⅰの段階の問題と言えます。)
○東京地方裁判所立川支部平成22年12月8日判決(判タ1346号199頁)【否定】
・デイサービスにおける要介護5の方の事例。食事は、常食。
・常食を提供することについて、嚥下障害の診断や申し送りはなく、過失はない。
・食事は、高齢者用のものを専門業者から取り寄せており、さらに調整をしている。
・食事前の段階で、個別機能訓練・口腔機能訓練(嚥下体操)を実施している。
・職員は、食事中の利用者らを2人以上で見まわっており、本人に異常が発生した時点で、職員が直ちに声掛け、入れ歯除去、口腔内の異物の除去を試みている。
さらに、その場でタッピング、ハイムリッヒ法も実施。続いて、吸引、人工呼吸を実施。並行して、救急通報を行っている。
・なお、職員の人員配置(人数)も不十分とは言えない。
→かかる事情の下では、職員及び施設の過失は認定できない
(これは、Ⅰ~Ⅳの全ての段階が争われた事例と言えますが、対応に問題はなかったと判断されたものです。)
実際の事例では、こういった形で過失の有無が争われるわけです。

次回は、損害として、具体的にどのようなものが認められているかについて、見ていきたいと思います。(上杉謙二郎)

2014年2月18日火曜日

誤嚥事故をめぐる裁判例の現状~その1~

現在、日本社会は、超高齢社会と呼ばれる状況を迎えて数年が経とうとしています。そうした中、高齢者をめぐる事故やトラブルは、ますます増加し、その対応の重要性は高まっていくものと思われます。

そこで、これから複数回にわたり、高齢者をめぐる事故のうち誤嚥事故について、介護施設ないし事業者側に対して遺族が損害賠償請求を行った近時の裁判例の状況を整理してみたいと思います。

1.どのような場合に、損害賠償が認められるか
(1)まず、誤嚥事故についての損害賠償請求では、①不法行為に基づくもの、と②契約上の責任としての安全配慮義務違反に基づくもの、の二つの法律構成が考えられます。

裁判例上、これら二つの構成を同時に主張するパターンといずれかを主張するパターンとが見受けられますが、①のみの場合がやや多いように思われます。もっとも、①②が同時に主張され、その両方を認定している裁判例も存在しますので、厳密な区別はなされていないとも言えます(この点は、後述⑵とも関係します)。

(2)損害賠償責任が認められるために、最も重要な要素となるのが、①であれば過失(簡単に言えば、不注意)、②であれば義務違反です。これらが、施設や事業者に責任を負わせる根拠となるわけです。

過失に関する細かな定義付けは、ここでは省略しますが、大きく言えば、一般的な介護従事者として事故の予見あるいは死亡結果の回避が出来たのにそれをしなかったということになります。この意味で、契約上の義務を果たさなかったということと、事実上重なってくるわけです。

そして、過失の認定においては、誤嚥発生までの段階、誤嚥発生後の段階の対応の内容がどうだったかということが主として問題となります。誤嚥発生までの段階は、さらに、食事前の段階、食事中の段階に分けられますが、それら具体的な対応の背後に存在する事情として、施設等の体制の問題も考慮されています。

整理すると、
Ⅰ)食事前の段階の対応、
Ⅱ)食事中(誤嚥発生まで)の段階の対応、
Ⅲ)誤嚥発生後の段階の対応、
Ⅳ)施設等の体制、
という4つの段階において、要求される対応等がとられていたか、ということが裁判上争われることになるわけです。

次回は、過失の認定において、具体的にどのような要素が問題となるかについて、見ていきたいと思います。(上杉謙二郎)

2014年2月12日水曜日

電子債権取引広がる可能性

ひところ昔に比べて、手形を見かけなくなりました。全国銀行協会の公表するところによれば、平成2年のピーク時に比べ、平成24年には、手形取引額は4797兆円から369兆円の7.6%に減少、枚数比では、43486億枚から7745万枚の18%に減少しているそうです。

平成20年(2008年)12月に電子債権取引法が成立し、電子記録を要件とする金銭債権による取引が認められたことから、次第に広がり、メガバンク独自の取引システムのほか、全国銀行協会の100%子会社により全銀電子債権ネットワーク(でんさいネット)が昨年スタートし、これに参加する企業が増えているという背景があります。中部3県でも36千社が利用し、半年前に比べて5割も増えているそうです。

支払企業は、納入企業に対して電子記録債権を発行する場合、インターネットや銀行等の金融機関の窓口で申し込みを行い、金融機関(事務代行会社)において、電子債権発生のためのデータ送信を行い、でんさいネットのような記録機関に記録が送られると、電子債権の発生が確定します。記録機関では、予め指定された通りの支払期日や金額等登録された通りに、指定口座から納入先の口座に送金を行います。

支払う方は、手形と異なりペーパーレス化で持ち運びや紛失リスクがなくなり、また、大きな利点として印紙税の支払いが不要となること(例えば、手形の場合、額面額500万円の場合は印紙1000円、1000万円の場合は印紙2000円が必要)など点があげられます。複数の会社への支払いを一括して行うことができます。

受取る方の企業でも、手形同様、期日前の資金化(割引)ができること、分割して、次の取引先(第2次納入先)に支払うことも容易です。

また、取引の安全の確保のため、手形不渡りと同様に、6ヶ月以内に2回の支払いが行われなかった場合、銀行取引停止処分があります。

こうした電子取引の進展は、電子債権を支払期限までに現金化したい企業を紹介するなどの新しいビジネスも創出しています。手形割引のような買い戻し義務がないノンリコース型での買取のため、企業は回収不能リスクを軽減できるといわれます。

多くの企業が一気に電子債権取引に移行することも予想され、取引の実情が変わっている可能性が少なくありません。電子決済の時代は着実に近づいているようです。<池田桂子>

 

 

2014年2月6日木曜日

違法なアップロードで高額賠償!

著作権の成立する映像を動画サイトに軽い気持ちで投稿すると著作権(公衆送信権)を侵害し、時に高額の賠償請求がなされますので、要注意です。

その一事例として、判例タイムズ1395319頁以下に掲載された裁判例をご紹介します。

この裁判は、総合格闘技である「Ultimate Fighting Championship」大会での試合の模様を撮影・編集した映像の著作権を有する会社(原告)が、ウェブ上の動画サイトに無断で合計84回にわたってアップロードした人を相手に、著作権を侵害したとして、1000万円の請求をした事件で、満額請求が認められたものです。

原告の著作権の成立やその侵害については争いはなく(被告側は代理人弁護士がつかない、いわゆる本人訴訟ですが、弁護士がついてもこの点について争っていくことは無理でしょう。)、問題は、損害額をどうみるかという点にありました。

損害の評価はなかなか難しく、立証上困難な場合がありますが、著作権法は被害者の立証を容易にするための推定のための規定をもっています(著作権法114条、他の知的財産権に関する法律も同様の規定をもっています。)。
 
① 侵害者の販売数量に単位あたりの利益を掛けたもの
 
② 侵害者の販売等による利益金額
 
③ ライセンス料相当額 
 
をそれぞれ損害と推定する規定となっています。

本件では、原告はネット配信会社と映像使用を許諾する契約をしており、ユーザーへの提供価格の60%が原告会社の取り分であったため、ユーザーへの配信料金(200円から500円)×ユーザーの再生回数×60%で計算された、4681万円余りが損害と認定されています。

原告側では、この他、信用毀損による損害として1000万円、訴訟手続のための弁護士費用として600万円の合計6281万円の損害を被ったと主張し、その一部1000万円を裁判で請求していたものです。仮に原告の方が損害を被ったとする金額全額を請求していたとしても、5000万円を超える金額が認められる可能性は高かったものと思われます。

この例では、原告の著作権にもとづく削除申立に対しても、これに応ぜず、新たなアカウントを用いるなどして1年以上にわたってアップロードを続けてきたという事情もあり、高額化したということはあります。しかし、デジタル・ネット環境下、簡単な操作で知らず知らずのうちに著作権侵害に至ってしまう危険性があり、そのことによる損害の発生が莫大なものでも、物理的な損害と違って目に見えず、その重大性に気づかないことから、びっくりするような損害賠償責任が発生することにもなりかねません。

コピーアンドペーストが常態化したデジタル・ネット社会に警告を与える裁判例のご紹介でした。(池田伸之)